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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1012号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一前記引用に係る原判決事実摘示の請求原因第一ないし第四項記載の各事実及び被控訴人が本件家屋の所有権と本件土地の賃借権を相続により取得した後本件家屋に単独で居住していたこと、昭和四五年三月訴外亡村山政治と婚姻し、これを機会に同四六年四月栃木市今泉町一丁目字情進川戸七四三番三八宅地340.21平方メートルの土地及び同所家屋番号七四三番三八木造瓦葺平家建居宅一棟面積64.59平方メートルの建物(以下「今泉町の住居」という。)を被控訴人名義で取得したことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、右事実によると、本件土地の賃貸借契約は、昭和五五年六月一五日をもつて期間満了となつたことが認められる。

二そして、控訴人は、被控訴人に対し、同年六月一七日本件訴えを提起して、被控訴人の右賃貸借期間満了後の本件土地の使用継続について、遅滞なく異議を述べたものである。そこで、まず控訴人の右異議が正当の事由に基づくものであるか否かについて判断する。

1 控訴人側の事情

(一) <証拠>によると、次の事実が認められ<る。>

控訴人は、昭和四四年四月横浜から現住居地に転居してきたものであり、それまでは控訴人の母と弟治雄夫婦が現在の控訴人方に居住していた。控訴人は佐野市にある佐野厚生病院の内科医師として勤務し、同五六年一〇月当時で勤続一二年になるが、五八歳の定年前に退職して独立開業する予定であり、また、控訴人の長男も昭和五七年春大学医学部を卒業し、近く医師の資格を取得する見込みである。なお、控訴人には、控訴人方宅地とは別に新たな病院建設用地を取得する資金的余裕はない。また、本件土地を含む控訴人方宅地は、控訴人の曽祖父がかつて医師を開業していたことがあるうえ、現在近くに内科の開業医が存在しないという地の利もある。そして、これらの事情から、控訴人は医師として独立開業するため、控訴人方宅地に総工費約四〇〇〇万円で病院兼居宅を建設することを計画し、すでに建築設計事務所に依頼して建築予定図も作成されている。控訴人は、被控訴人の本件土地の使用継続に対して本訴提起により異議を述べた当時、本件土地の自己使用の必要性については、前記諸事情に基づいて、控訴人方宅地の東側部分に病院建設を予定していることを理由としていた。

(二) ところで、控訴人は、昭和五六年一二月八日(原審第八回口頭弁論期日)、本件土地の自己使用の必要性について、さらに前記請求原因第六項、(四)記載の事実を追加して、本件異議について正当の事由があることを主張する。そして、<証拠>によると、次の事実が認められ<る。>控訴人は、前記隣接ホテルが建設されることを、昭和五六年九月末ころ右隣接ホテルの建築確認申請手続がされて初めて知つたが、その規模は七階建(地上六階(一部二階)、地下一階)で高さ約三〇メートル、床面積約三〇〇坪の高層建物であり、かつ、控訴人方宅地の南側に位置するため、冬至期には隣接ホテルの地上六階建部分の北側に位置する控訴人方居宅は、全く日が当たらなくなることが予想されたことから、近隣居住者三軒とともに右ホテル建設に反対したが、訴外佐藤秀夫弁護士から控訴人の居住地域は商業地域なので反対しても無駄である旨助言されたこともあつて、結局補償金約五〇〇万円を受領して右ホテル建設に同意した。その結果、隣接ホテルの建設により、控訴人方居宅は、冬至期には、日照時間は零となり、室内は日中でも照明なしでは新聞も読めないほど薄暗いうえ、室温も屋外の方が暖かいほど低下し、また風通しも悪くなるなど深刻な日照、通風阻害が生ずるに至つた。そのため当初の病院兼居宅建設のための本件土地の必要性に加えて、さらに控訴人方宅地の本件土地を含む東側部分に、病院兼居宅又は少くとも日照のみを目的とする住居を建築することが、控訴人及びその家族の健康で文化的な生活を維持するために是非とも必要となるに至つた(なお、賃貸人が、借地契約の期間満了後、賃借人の当該土地の使用継続について異議を述べた場合、借地法六条一項所定の正当事由の有無を判断する基準時は、右異議が述べられた時を基準とすべきところ、本件においては、隣接ホテル建設による控訴人方宅地の日照、通風阻害の事実は、控訴人の本件異議後に具体的に生じたものであり、控訴人は右異議後に本件正当事由の考慮事情として主張したものである。しかしながら、もともと借地法六条一項(同法四条一項但書)所定の正当事由の有無についての判断は、当該訴訟の審理の結果、事後的に右基準時に遡つて判断されるべき事柄であるから、たとえ時間的に右基準時後の事情であつても、右基準時当時未だ予想ないし計画の段階にあつた事情が、その後具体化された場合には、これを参酌して正当事由の有無を判断することができるものというべきである。)。

2 被控訴人側の事情

<証拠>によると、次の事実が認められる。

(一) 前記今泉町の住居は、被控訴人が夫政治と婚姻するに際し、それまで居住していた本件家屋では、狭すぎたことから、購入したものである。被控訴人は、婚姻後の昭和四六年四月六日夫とともに栃木市万町一六番二四号の本件土地から同市今泉町一丁目一一番二七号の今泉町の住居に転居し、その旨住民登録をした。被控訴人は、右転居後、本件家屋には、たまたま勤務先からの帰りが遅くなつたときなどに寝泊りすることはあつたが、常時居住して使用することはなく、今泉町の住居を生活の本拠として、昭和五三年六月三日夫が死亡するまで夫とともに約七年間居住していた。

(二) ところで、昭和五一年九月二一日宇都宮地方裁判所栃木支部において、控訴人、被控訴人間で、本件土地の賃貸借契約に関し和解が成立したが、右和解条項中には、被控訴人が本件土地を通常の建物所有のための用法に従つて使用し、火災及び衛生上の非難を近隣から受けないようにする旨が定められている。これは当時本件家屋が空屋同然の状態であつたため、近隣者から衛生上、防火上の問題があるとして苦情があつたことから、控訴人の要請により特に和解条項として明記したものである。また、同五五年六月三日及び原審における検証(第一回)が行われた同年一一月七日当時の本件家屋の状況は、かなり老朽化しており、建物外部は、南側外壁には一部錆の出たトタン板が無雑作に張られ、建物入口には外面がトタン張りで観音開きの扉になつており、外側から施錠できるようになつていた。また、建物内部は、入口土間のほか二間続きの部屋になつており、鍋、コンロ等の炊事用具及びたんす等の生活用品が雑然と置かれてあり、その他衣装ケース、ダンボール等が未整理のまま部屋中に置かれているなど、物置同然の状態で人が現に居住している様子は窺われない状態であつた。さらに、被控訴人は、これまで万町の自治会に加入しておらず、万町に居住していないから納入の必要はないと称して自治会費等を全く支出していない。また、従前(本訴提起時前)から、郵便局員、電力会社検針員、国勢調査員など所用の人達が本件家屋を訪れても、被控訴人が不在でかつ居住の事実も不明であるために、そのまま引返すことがしばしばあつた。これらの事実に徴すると、被控訴人は、夫死亡後も本件家屋に常時居住し生活の本拠とすることはなかつたものと推認される。このことは、本件家屋の隣人訴外高田雅江の調査結果によると、被控訴人が、昭和五八年七月から一二月までの六か月間に、本件家屋を使用したと推測される延べ日数が約二七日程度にすぎないことに徴しても間接的に推認しうるところである。もつとも、<証拠>によると、住民登録上は、被控訴人は昭和五五年九月二〇日付で東京都豊島区長崎三丁目九番八号から本件土地の万町一六番二四号に転居した旨の届出(以下「本件転入届」という。)がされているが、被控訴人は、夫死亡後昭和五四年一二月二七日付で今泉町の住居から東京都豊島区長崎三丁目九番八号に転居した旨の届出をしたうえ、さらに夫死亡後二年余を経過しかつ本訴提起後の昭和五五年九月二〇日に右転居先から本件土地に転居した旨の本件転入届をしていることが認められるのであつて、これらの事実に徴すると、右住民登録上被控訴人が前記年月日に本件土地に転居した旨の記載があるとの理由をもつて、被控訴人が、本訴提起時までの間、本件家屋を生活の本拠として現実に居住していたものと認めることはできない。また、前掲乙第六ないし第一五号証も、本訴提起後かつ前記住民登録による本件転入届後の被控訴人の電気料金等の支払関係を示すにすぎないものであるから、これをもつて、直ちに被控訴人が前記期間本件家屋を生活の本拠として現実に居住していたものと推認することは困難である。

(三) 被控訴人は、今泉町の住居のほかにも通称おもちやの町に約四〇坪の土地(更地)を所有しており、今泉町の住居は他に売却する意思を有している。また、昭和五四年六月ころ控訴人は被控訴人を相手方として、相当額の立退料の支払を条件に、本件土地の明渡を求める旨の民事調停を栃木簡易裁判所に申立てたが、被控訴人が、金銭の問題ではなく、どうしても本件土地に住みたい旨主張してこれを拒否したため調停不調となり、現在も、被控訴人としては、本件土地を明渡すよりは、むしろこれを買い受けたいものと希望しているが、代金相当額の金員を調達することは事実上困難な状況にある。さらに、被控訴人は、従前から病弱であり、昭和五八年一二月一三日現在においても両膝関節痛のため栃木市富士見町所在の下都賀総合病院に通院加療中である等の事情から、栃木市内の交通の便利な本件家屋に居住することを希望している。

以上の各事実が認められ<る。>

三以上の控訴人、被控訴人双方の事情を比較考量するときは、控訴人が本件土地を使用することの必要度は、被控訴人のそれよりも明らかに大きいものと認められる。これを要するに、被控訴人は、夫死亡後本件訴訟提起時までの間は勿論その後においても、本件家屋を生活の本拠として使用し現実に居住したものとは認められず、しかも被控訴人が今泉町の住居のほか約四〇坪の土地(更地)を所有していること等に徴すると、被控訴人は、本件家屋を収去し本件土地を明渡すことにより病気治療のための通院等を含めてその生活全般にわたり多少の不便が生ずることは否定しえないとしても、そのために被控訴人の生活にとつて、受忍すべからざる不都合ないし困難を来たすものとは認められない。これに対し、控訴人にとつては、本件土地を使用して病院兼居宅又は日照のみを目的とする住居を建築することは、控訴人及びその家族の健康で文化的な生活を享受するための居住環境を維持保全するために是非とも必要であるとともに、本件土地を含めた控訴人方宅地全体の効率的利用にも合致するものであると認められる。もつとも、控訴人が前判示のような日照、通風阻害を蒙るに至つたのは隣接ホテルの建設を自ら同意したことに基因するものではあるが、控訴人としては、栃木市の市街地域に属する本件土地付近の効率的土地利用(高層化)のすう勢に、不本意ながら結果的に協力する形で右同意をするに至つた経緯及び控訴人の受領した補償金もその日照、通風阻害の程度に比して必ずしも不当に高額とはいえないこと等の事情に徴するときは、右日照、通風阻害の問題は、控訴人が自ら招いた事態であり、かつ、すでに補償ずみであるから、専ら控訴人において受忍すべきものであるとして、本件正当事由の有無の判断に際して、これを全く考慮しないこと若しくは控訴人側のマイナス要素として考慮することはいずれも相当ではないものというべきである。

したがつて、控訴人が、本件土地の賃貸借契約の期間満了に伴い、被控訴人の本件土地の使用継続に対して述べた異議には、正当の事由があるから、本件土地賃貸借契約は昭和五五年六月一五日の期間満了をもつて終了したものというべきである。

(中島恒 佐藤繁 塩谷雄)

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